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広島地方裁判所 昭和58年(ワ)469号 判決

原告

春日志ず子

ほか一名

被告

藤田拡

主文

一  被告は、原告春日志ず子に対し、金四一一万二〇七八円及びこれに対する昭和五五年一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告春日美雪に対し、金三六万七四一〇円及びこれに対する前同日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告春日志ず子(以下「原告志ず子」という。)に対し、金三三二三万一一五五円及びこれに対する昭和五五年一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告春日美雪(以下「原告美雪」という。)に対し、金四一三万八二〇九円及びこれに対する前同日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告らは、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により負傷した。

(一) 日時 昭和五五年一月六日午前一一時三〇分頃

(二) 場所 島根県大田市川合町忍原一〇二八番地俵採石工場北方二〇〇メートル先国道三七五号線道路上(以下「本件道路」という。)

(三) 加害車両 普通乗用自動車(大阪五七る四二八〇)

運転者 被告

(四) 被害車両 普通乗用自動車(神戸五五て五六〇八)

運転者 原告志ず子

同乗者 原告美雪他二名

(五) 態様 被害車両が本件道路の左側を進行中、対向進行してきた加害車両と衝突した。

2  責任原因

被告は、加害車両を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条の規定に基づき、本件事故による原告らの損害を賠償すべき責任がある。

3  原告志ず子の障害、治療経過及び後遺障害

(一) 傷害

原告志ず子は、本件事故により、頭部、前胸部、左膝腰部打撲傷、頸部捻挫の傷害を負つた。

(二) 治療経過

原告志ず子は、次のとおり入、退院して、右傷害につき治療を受けた。

(1) 国立大田病院

入院 昭和五五年一月六日から同年二月一二日まで(三五日間)

通院 同年二月一三日から同年一〇月一四日まで(二四五日間、通院実日数一四日)

入院 同年一〇月一五日から同年一一月一九日まで(三一日間)

通院 同年一一月二〇日から昭和五六年五月一五日まで(一七七日間、通院実日数一七日)

入院 同年五月一六日から同年七月一七日まで(六三日間)

通院 同年七月一八日から同年一〇月八日まで(八三日間、通院実日数二三日)

入院 同年一〇月九日から同年一二月六日まで(五九日間)

通院 同年一二月七日から昭和五七年五月三一日まで(一七六日間、通院実日数三一日)

(2) 島根県立中央病院(以下「県立中央病院」という。)

通院 昭和五五年二月六日から同年七月二八日まで(一七四日間、通院実日数四日)及び同年一〇月二三日から同年一一月二五日まで(三四日間、通院実日数一日)

以上入院計一九三日、通院計六八一日(通院実日数計九〇日)

(三) 後遺障害

原告志ず子は、頭部外傷による低髄液圧症候群、左三叉神経第一、第二枝圧痛、右上下肢筋力低下、知覚鈍麻及び足股関節背屈不能等の障害を残し、昭和五七年五月三一日に症状が固定したが、右障害は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)第五級二号に該当する。

4  原告美雪の傷害、治療経過及び後遺障害

(一) 傷害

原告美雪は、本件事故により、頭部打撲傷、顔面裂創、頸部捻挫、左下腿打撲傷の傷害を負つた。

(二) 治療経過

(1) 国立大田病院

入院 昭和五五年一月六日から同年二月一八日まで(四四日間)

(2) 古瀬眼科医院

通院 同年一月六日から同年二月一八日まで(四四日間、通院実日数五日)

(3) 松江赤十字病院

通院 同年二月一五日

以上入院計四四日、通院計四〇七日(通院実日数計二八日)

(三) 後遺障害

原告美雪は、後遺障害として顔面に創瘢痕を残し、大後頭神経圧痛、頸部痛及び頸性頭痛が持続しているが、右創瘢痕は、等級表第一二級一四号に、大後頭神経圧痛等は、同第一四級一〇号に各該当する。

5  原告志ず子の損害

(一) 治療費 計金七四万一六四三円

(1) 国立大田病院分 金六九万三〇二五円

(2) 県立中央病院分 金四万八六一八円

(二) 入院雑費 金一九万三〇〇〇円

一日金一〇〇〇円の割合による一九三日分の入院雑費

(三) 付添費 金四六万九〇〇〇円

一日金三五〇〇円の割合による一三四日分の付添費

(四) 通院交通費 計金七万一一〇〇円

(1) 国立大田病院分 金六万八〇〇〇円

バス運賃一往復金八〇〇円の割合による八五回分の通院交通費

(2) 県立中央病院分 金三一〇〇円

列車運賃一往復金六二〇円の割合による五回分の通院交通費

(五) 休業損害 金五四六万三一〇九円

原告志ず子は、昭和五五年一月六日から昭和五七年五月三一日までの八七七日間労働に従事することができなかつたが、この間の休業損害を昭和五九年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計女子労働者四四歳の年間平均賃金二二七万三七〇〇円を基礎として算出すると、金五四六万三一〇九円(二二七万三七〇〇円÷三六五日×八七七日)となる。

(六) 逸失利益 金二四四五万七三七二円

原告志ず子は、症状が固定した昭和五七年五月三一日当時満四七歳で、その就労可能年数は、満六七歳までの二〇年であるところ、前記後遺障害により労働能力を七九パーセント喪失した。そこで、前記年間平均賃金二二七万三七〇〇円を基礎とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益の現価を算出すると、金二四四五万七三七二円(二二七万三七〇〇円×〇・七九×一三・六一六)となる。

(七) 慰藉料 計金一一〇〇万円

(1) 傷害(入、通院)慰藉料 金二〇〇万円

(2) 後遺障害慰藉料 金九〇〇万円

(八) 損害の填補 金六四二万円

原告志ず子は、自賠責保険から金六四二万円の支払を受けた。

(九) 弁護士費用 金三〇〇万円

6  原告美雪の損害

(一) 治療費 計金一七万二二四七円

(1) 国立大田病院分 金一四万九九六五円

(2) 古瀬眼科医院 金一万二二三五円

(3) 松江赤十字病院 金一万〇〇四七円

(二) 入院雑費 金四万四〇〇〇円

一日金一〇〇〇円の割合による四四日分の入院雑費

(三) 付添費 金一五万四〇〇〇円

一日金三五〇〇円の割合による四四日分の付添費

(四) 通院交通費 計金二万九八〇〇円

(1) 国立大田病院分 金一万七六〇〇円

バス運賃一往復金八〇〇円の割合による二二回分の通院交通費

(2) 松江赤十字病院 金一万二二〇〇円

列車運賃一往復金一二二〇円の割合による一〇回分の通院交通費

(五) 逸失利益 金一六九万六二三六円

原告美雪は、症状固定後である昭和五七年三月高等学校を卒業したが、前記後遺障害により、少なくとも一〇年間はその労働能力を一四パーセント喪失した。そこで、昭和五九年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・女子労働者新高卒一八歳の年間平均賃金一五二万五〇〇〇円を基礎とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益の現価を算出すると、金一六九万六二三六円(一五二万五〇〇〇円×〇・一四×七・九四四九)となる。

(六) 慰藉料 計金二五〇万円

(1) 傷害(入、通院)慰藉料 金八〇万円

(2) 後遺障害慰藉料 金一七〇万円

(七) 損害の填補 金五八万四八一七円

原告美雪は、自賠責保険から金五八万四八一七円の支払を受けた。

(八) 弁護士費用 金三七万円

7  よつて、被告に対し、原告志ず子は、本件事故に基づく前記損害金の内金三三二三万一一五五円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五五年一月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告美雪は、右同様の損害金の内金四一三万八二〇九円及びこれに対する前同日から支払済みまで右年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実は認める。

2  同3の(一)の事実のうち、原告志ず子が本件事故により、頭部、前胸部、左膝部打撲傷を負つたことは認めるが、その余は否認する。同(二)、(三)の各事実は否認する。

原告志ず子の腰部打撲傷、頸部捻挫の傷害及び前記後遺障害については、以下の各事実からその存在自体に疑問があり、仮に存在するとしても、本件事故との間には、因果関係はない。

(一) 本件事故の際、被告は、時速約三五キロメートルで走行中、事故現場の約一二・五メートル手前で被害車両を認めて危険を感じ、急ブレーキをかけたから、衝突時には停車寸前であり、一方、原告志ず子も危険を感じてサイドブレーキをかけていること、被害車両、加害車両の破損部位がいずれも両車両が直接接触した箇所に限局され、フロントガラスの破損さえないこと、衝突によつて負傷したのは、被害車両の運転席にいた原告志ず子及び助手席の原告美雪のみであり、被害車両の後部座席にいた二名の同乗者及び被告には異常がなかつたこと、原告志ず子が衝突により負傷した前頭部、前胸部、左膝等の部位には、出血、腫脹等の異常はなく、レントゲン撮影でも骨折、脱臼、亜脱臼等の骨性変化は全くなかつたことなどに照らすと、衝突による衝撃の程度は、さほど大きいものではない。

(二) 原告志ず子の本件事故当日付けの診断書には、腰部打撲傷、頸部捻挫の記載はなく、特に頸部捻挫については、いつたん国立大田病院を退院した後、二回目の入院をした際に初めて診断されたものであり、本件事故後二〇日以上経過していること、第一回目の入院時には、頸部には、何ら異常が認められなかつたこと、右傷害は、原告志ず子の主訴のみに基づいており、何ら他覚的所見が認められないことなどからすると、本件事故によつて頸部捻挫の傷害が生じたものとはいえない。

(三) 低髄液圧症候群の診断が下されたのは、昭和五五年一〇月一六日、県立中央病院において原告志ず子の髄液圧が初圧四〇ミリメートル水柱であつたことによるが、その当日及び前日に国立大田病院で脳圧降下剤であるフルクトンM3の点滴を受けていることからすると、右薬剤の影響によつて低髄液圧を示したものと認められること、昭和五六年五月一八日、国立大田病院において髄液圧測定をした際にも、同じく低髄液圧を示したが、その前日及び前々日に同じく脳圧降下剤であるフルクトマニトの点滴を受けていることからすると、原告志ず子が果して低髄液圧であつたのか疑問といわざるを得ない。また、国立大田病院において同原告に対し脳圧降下剤を多数回投与していることからすると、仮に、低髄液圧であつたとしても、それは、右投与によつて生じたものであり、本件事故との間には相当因果関係はない。

(四) 左三叉神経第一、第二枝圧痛、右上下肢筋力低下、知覚鈍麻、足股関節背屈不能の後遺障害についても、もつぱら原告志ず子の主訴に基づくものであり、他覚的所見はないこと、県立中央病院において、右症状と本件事故との因果関係の有無を判断するには、精密検査が必要であるとされていたのに、中止されていること、原告志ず子には、外傷後神経症の疑いがあること、また既往症として更年期出血、筋腫様子宮、胃炎、高血圧性脳症の疑い等があることなどからすると、本件事故と右諸症状との間には、因果関係はないものというべきである。

3  請求原因4の各事実のうち、原告美雪が負傷したことは認めるが、その余は否認する。

4  同5のうち、(八)の事実は認めるが、その余の各事実は否認する。

5  同6の(七)の事実のうち、原告美雪が自賠責保険から支払を受けたことは認めるが、その額は否認する。支払額は、後記のとおり六二万二〇三四円である。同6のその余の各事実は否認する。

三  抗弁

1  過失相殺

本件道路は、センターラインのない幅員四・四メートルの道路で、山に沿つて急カーブしており、非常に見通しの悪い箇所である。被告は、加害車両を運転して、事故現場に至り、カーブの手前に設置されていたカーブミラーを見て対向車がないものと判断し、時速約三五キロメートルで走行したが、右カーブミラーの機能に異常があつたため、至近距離に至るまで対向進行して来た被害車両を発見できなかつたものである。被告は、被害車両を至近距離に発見し、ハンドルを左に切るとともに急制動の措置をとつたが、及ばず、両車両の右前角附近が衝突した。一方、原告志ず子は、右カーブミラーによつて加害車両が対向して来るのをいち速く発見しながら、減速徐行することなく、時速約三〇キロメートルで道路の左側中央寄りを漫然走行し、加害車両を直接現認した後も、衝突を回避するために必要な措置を取らなかつたために、本件事故が発生するに至つたものである。右のとおり、本件事故は、原告志ず子の過失が一因となつて発生したものであるから、被告の原告らに対する損害賠償額の算定に当たつては、原告志ず子の右過失を斟酌し、少なくとも五割の過失相殺がなされるべきである。

2  損害の填補

原告美雪は、自賠責保険から六二万二〇三四円の支払を受けた。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一事故の発生及び責任原因について

請求原因1、2の各事実(本件事故の発生及び責任原因)は、当事者間に争いがない。

第二原告志ず子の損害について

一  傷害について

請求原因3の(一)の事実中、原告志ず子が本件事故により、頭部、前胸部、左膝打撲傷を負つた事実は、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二六、第二七、第二九、第三〇、第三五号証、乙第一一、第一二、第一八号証、証人堀川嘉也、同鈴木健二の各証言、原告志ず子本人尋問の結果及び鑑定の結果を総合すると、原告志ず子は、本件事故により、前記傷害のほか、腰部打撲傷及び頸部捻挫の傷害を負つた事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

被告は、原告志ず子の頸部の症状が事故後二〇日以上経過して初めて発現していることなどから、頸部捻挫は、本件事故によつて生じたものではない旨主張するが、証人堀川嘉也、同鈴木健二の各証言によると、事故による頸部捻挫の症状は、事故後一定期間を経て、現れることが少くないことが認められるから、被告の右主張は採用の限りでない。

二  治療経過及び後遺障害について

前掲甲第二六、第二七、第二九、第三〇、第三五号証、乙第一一、第一二、第一八号証、成立に争いがない甲第一二、第二二ないし第二五、第二八、第三一ないし第三四号証、乙第六、第七号証の各一ないし四、第八ないし第一〇号証の各一、二、第一三ないし第一七、第一九、第二〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一九、第二〇号証、証人堀川嘉也の証言により真正に成立したものと認められる甲第七八号証、証人堀川嘉也の証言及び原告志ず子本人尋問の結果を総合すると、次のとおり認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

1  原告志ず子は、事故当日の昭和五五年一月六日、国立大田病院で「頭部、前胸部、左膝打撲」と診断され、同日から同月二四日まで(一九日間)同病院に入院した。入院中、頭痛、めまい、腰痛、嘔気等の症状があつたが、治療により症状が軽快し、同月二四日退院した。

2  原告志ず子は、退院後、家事に携つていたが、頭痛、項部痛が増悪し、右手しびれ感、めまいが生じたため、同月二八日から同年二月一二日まで(一六日間)同病院に再入院し、同年二月六日県立中央病院において頭部のCT(コンピユーター断層)検査をしたところ、両前頭部に薄い硬膜下惨出が認められ、慢性硬膜下血腫の疑いがあるとして、経過観察をすることになつた。同原告は、軽度の頭痛は持続したが、他の症状は軽減し、同年二月一二日国立大田病院を退院した。

3  原告志ず子は、右退院後、同年一〇月一四日まで同病院及び県立中央病院に通院(通院期間二四五日、通院実日数国立大田病院一四日、県立中央病院三日)したが、頭痛、右肩、項部、右下肢痛等の症状があり、特に頭痛は、増悪と寛解を繰り返し、頑固に持続した。その間の同年三月一四日、同年七月二八日県立中央病院でCT検査をしたが、いずれも頭部に著変は認められなかつた。

4  原告志ず子は、同年一〇月一四日から頭痛が増悪し、自制外となり、下肢脱力感、嘔気、嘔吐が出現して歩行困難となり、同月一五日国立大田病院に入院し、硬膜下血腫増強の可能性があるとして、翌一六日、県立中央病院に転院し、CT検査を受けたが、著変はなく、硬膜下水腫は、ほぼ消失したものと診断された。しかし、同日、髄液圧を測定したところ、初圧が四〇ミリメートル水柱と低い値を示し、低髄液圧症候群と診断され、同日以降、輸液治療を受け、同月二二日国立大田病院に転院し、その後も頭痛が持続したが、輸液治療により、同月二七日、髄液圧が正常値になつたので、同月三〇日に輸液治療を中止し、頭痛の症状もやや軽減し、同年一一月一九日同病院を退院した(右入院日数合計三六日)。

5  その後、昭和五六年五月一五日まで、国立大田病院及び県立中央病院に通院(通院期間一七七日、通院実日数国立大田病院二三日、県立中央病院一日)し、頭痛を主に聴力障害、右上下肢痛、項部痛、知覚異常、左顔面痛、嘔気、めまい等により治療を継続した。

6  同原告は、右通院中も激しい頭痛で興奮状態を呈することがあつたが、同年五月一六日頭痛が激しく、四肢を盛んに動かし、興奮状態となつたため、同日から同年七月一七日まで(六三日間)国立大田病院に入院した。同年五月一八日の測定では、再び低髄液圧(八〇ミリメートル水柱)を示し、入院中、頭痛、項部痛が持続した。

7  原告志ず子は、右退院後、同年一〇月八日まで同病院に通院(通院期間八三日、通院実日数二一日)し、頭痛、項部痛、右下肢痛等により治療を続けたが、頭痛が激しく、発作を繰り返した。

8  原告志ず子は、同年一〇月九日、強い頭痛により激しい発作に襲われ、救急車で同病院に搬送され、同日から同年一二月六日まで(五九日間)入院したが、頭痛、右下肢痛、後頸部痛等が持続した。

9  原告志ず子は、退院後、軽い家事労働に携つていたが、同年一二月一〇日、興奮、不穏状態を呈し、意識もうろう状態(尿失禁を伴う。)で同病院に入院し、翌一一日症状が改善され退院した。

10  原告志ず子は、右退院後から昭和五七年五月三一日まで同病院に通院(通院期間一七一日、通院実日数三〇日)し、頭痛、右下肢痛、右足股関節痛、左顔面痛、吐気、嘔吐等により治療を続け、同病院において症状が同日固定したものと診断されたが、右診断によると、原告志ず子は、頭部外傷後遺症(低髄液圧症候群)及び頸部捻挫により、自覚症状として頭痛、顔面痛、頸部痛、右四肢筋力低下等があり、他覚症状として髄液圧低下、左三叉神経第一、第二枝圧痛、右上下肢筋力低下及び知覚障害、右足関節背屈不能があり、頭痛、顔面痛、右下肢痛が激しい時、不穏状態となり、発作様症状を呈することが認められる。

11  原告志ず子は、その後も頭痛が持続し、睡眠障害、右上下肢痛、知覚障害等で同病院に通院し、治療を続けたが、頭痛が激しい時には、発作症状を呈し、意識不明となることがあり、昭和五八年三月一四、一五日の両日入院し、最近では、昭和六〇年九月二九日から同年一〇月二日まで低髄液圧症候群(髄液圧九〇ミリメートル水柱)で同病院に入院し、輸液治療により症状が改善され、退院している。

以上認定の事実によれば、原告志ず子は、本件事故により頭部、前胸部、左膝、腰部打撲傷及び頸部捻挫の傷害を受け、前示のとおり治療を継続したが、頭痛、頸部痛、めまい、上下肢痛等の諸症状が発現して長期にわたつて持続し、昭和五七年五月三一日頭部外傷後遺症(低髄液圧症候群)及び頸部捻挫による症状である頭痛(時に激しい頭痛により不穏状態となり、発作状態を呈する。)、顔面痛、頸部痛、上下肢痛、右下肢筋力低下、知覚障害、左三叉神経痛等の後遺障害を残して症状が固定したものと認めるのが相当である。

被告は、原告志ず子は、低髄液圧症候群ではない旨主張し、証人鈴木健二の証言及び鑑定の結果中には、原告志ず子の髄液圧の測定は、いずれも脳圧降下剤使用後になされており、その影響で低い測定値を示した可能性があり、同原告が低髄液圧症候群か否か判定できないとの部分があるので、以下検討する。

前掲乙第六号証の一、第一一ないし第一五、第一七、第一八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二三号証、証人堀川嘉也、同鈴木健二の各証言及び鑑定の結果を総合すると、低髄液圧症候群とは、諸種の原因によつて髄液圧が低下し、腰椎穿刺圧がおおむね一〇〇ないし八〇ミリメートル水柱以下となり、これに原因すると考えられる頭痛、吐気、嘔吐、めまい等の諸症状を伴うものをいうが、頭部外傷によつて脊髄液産出の機能を有する脈絡叢が損傷され、脊髄液の産出量が低下して髄液圧低下の原因となること、原告志ず子の髄液圧は、昭和五五年一〇月一六日に四〇ミリメートル水柱、昭和五六年五月一八日に八〇ミリメートル水柱、昭和六〇年九月二九日に九〇ミリメートル水柱であり、いずれも正常値より低いところ、昭和五五年一〇月一六日の測定値については、その前日と当日に、脳圧降下剤であるフルクトンM3が投与されているため、これによつて髄液圧が低下した可能性があり、右測定値から直ちに同原告が低髄液圧であると判定するのは困難であること、昭和五六年五月一八日の測定についても、その前日と前々日にも同じく脳圧降下剤であるフルクトマニトが投与されているが、右脳圧降下剤は、高張の利尿剤であり、効果の持続時間は、せいぜい八時間程度であり、脱水状態の場合は、持続時間がこれより長くなるが、原告志ず子には、右薬剤の投与後、それ自体による脱水状態以外に脱水症状があつたことを窺わせるものはないので、右薬剤の効果の持続時間は、約八時間であつて、翌日までその効果が残り、右五月一八日測定の髄液圧に影響を及ぼした可能性は薄いこと、昭和六〇年九月二九日の測定値については、当時脳圧降下剤が使用された形跡はなく、右薬剤の影響を窺わせるものはないことが認められる。前記認定の原告志ず子の昭和五六年五月一八日及び同六〇年九月二九日の髄液圧の測定値のほか、原告志ず子は、前認定のとおり低髄液圧症候群に一般に伴う頭痛、嘔吐、吐気等の諸症状と同じ症状を呈しており、髄液圧を上昇させる輸液治療により症状が軽減しているのであつて、これらの事実によれば、原告志ず子、低髄液圧症候群と認めるのが相当であり、これに抵触する証人鈴木健二の証言及び鑑定の結果は採用できない。

次に、被告は、本件事故と原告志ず子の低髄液圧症候群との間には、因果関係がない旨主張するので、検討するに、前掲乙第一一ないし第一三、第一五、第一七、第一八号証及び証人堀川嘉也の証言によると、国立大田病院では、原告志ず子に対し、入院中の昭和五五年一月六日から同月二〇日まで、同月二八日から同月三〇日まで、同年一〇月一六日、一七日、昭和五六年五月一六日、一七日、同年一二月一〇日、一一日のほか、昭和五六年一月二二日から同年五月一四日までの通院中にも多数回にわたつてフルクトンM3その他の脳圧降下剤を投与していること、右投与は、本件事故により頭部外傷によつて脳浮腫が生じ、脳圧が上昇している恐れがあるとして、脳圧を下げる目的でなされたものであることが認められる。

しかして、原告志ず子は、前認定のとおり昭和五五年二月六日県立中央病院でのCT検査の結果、薄い硬膜下血腫の疑いがあり、経過観察を要するものと診断されたが、同年一〇月一六日同病院での脊髄液圧の測定により低髄液圧症候群と診断され、更に同年一〇月一六日CT検査の結果、硬膜下血腫は、ほぼ消失したものと診断されているのであつて、右診断後、国立大田病院で原告志ず子に対し脳圧降下剤の投与を継続したことが同原告の治療上適切な治療方法であつたといえるか否かについては、疑問の残るところであるといわざるをえない。しかし、同原告の低髄液圧症候群が右投与によつて発現ないし増悪せしめられたことを認めるに足りる的確な証拠はなく、同原告の事故後の症状、治療経過等に証人堀川嘉也の証言を合わせ考えれば、本件事故と原告志ず子の低髄液圧症候群との間には、相当因果関係が存するものと認めるのが相当である。

三  損害額について

1  治療費 金二九万七〇四六円

成立に争いのない甲第三六、第三七、第四一ないし第四七、第四九、第五一号証を総合すると、原告志ず子は、国立大田病院の昭和五五年一月六日から昭和五六年三月三一日までの治療費として金二四万八四二八円を、県立中央病院の治療費として金四万八六一八円を各支払つた事実が認められる。同原告がその主張に係る昭和五七年五月三一日までの治療費として右金額を超える治療費を要したことを認めるに足りる証拠はない。

よつて、原告志ず子は、治療費として合計金二九万七〇四六円の損害を被つたものと認められる。

2  入院雑費 金一五万六〇〇〇円

原告志ず子は、前記入院期間(同原告の昭和五七年五月三一日までの入院日数は、前示のとおり国立大田病院及び県立中央病院を合わせて合計一九五日となる。)中、一日当たり金八〇〇円を下らない雑費を要したものと推認することができ、右推認を覆すに足りる証拠はないから、同原告は、入院雑費として合計金一五万六〇〇〇円の損害を被つたものと認めるのが相当である。

3  付添費 金四万四八〇〇円

前掲甲第二六、第三三号証、成立に争いがない甲第五二、第五三号証によれば、原告志ず子は、前記入院期間中の昭和五五年一月六日から同月一二日までの七日間及び同年一〇月一六日から同月二二日までの七日間付添看護を要し、その間同原告の夫が付添看護をした事実が認められるので、同原告は、一日当たり金三二〇〇円の割合で計算した合計金四万四八〇〇円の付添看護料相当額の損害を被つたものと認めるのが相当である。

4  通院交通費 金七万一一〇〇円

前示二の1ないし11の事実に成立に争いのない甲第五四号証によると、原告志ず子は、昭和五七年五月三一日までに自宅から国立大田病院に合計八八回、県立中央病院に四回通院し、国立大田病院に入院中、県立中央病院に一回通院しているが、自宅から国立大田病院へのバス往復運賃は、金八〇〇円であり、県立中央病院への往復運賃は、金一四二〇円(バス八〇〇円及び列車六二〇円)であり、国立大田病院から県立中央病院への列車往復運賃は、金六二〇円であることが認められるから、同原告は、通院交通費として合計金七万六七〇〇円の損害を被つたものというべきである。そこで、同原告主張の金七万一一〇〇円を通院交通費に係る損害として認容することとする。

5  休業損害 金三七二万二八八三円

証人春日重信の証言により真正に成立したものと認められる甲第七七号証、同証言及び原告志ず子本人尋問の結果によると、原告志ず子は、昭和一〇年五月五日生れで、本件事故当時満四四歳であり、家庭の主婦として家事に従事するほか、家業の養蚕、酪農、農業に携わり、時折、朝日生命の保険外交員をしていたが、本件事故発生日の昭和五五年一月六日から症状固定日の昭和五七年五月三一日まで(合計八七七日間)のうち、前示入院期間(合計一九五日)中、休業を余儀なくされ、前示通院期間(合計六八二日)中は、身体の調子の良い時に軽い農作業や家事に従事していたことが認められる。

ところで、原告志ず子の本件事故前の収入額を認めるべき的確な証拠はないが、同原告は、昭和五五年度の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計の女子労働者全年齢平均給与額(年間金一八三万四八〇〇円)程度の収入は得ていたものと推認するのが相当であるところ、右認定の事実によれば、原告志ず子は、前示入院期間中は、右収入を全部喪失したものと認められ、また、同原告の傷害の程度、通院の頻度、通院中の稼働状況等に照らすと、同原告は、前示通院期間中は、平均、右収入の八割程度を失つたものと認めるのが相当である。

右により、休業損害額を計算すると、金三七二万二八八三円(一八三万四八〇〇円÷三六五日×一九五日+一八三万四八〇〇円÷三六五日×六八二日×〇・八)となる。

6  後遺障害による逸失利益 金八一〇万二六〇六円

原告志ず子は、前記認定のとおり、昭和五七年五月三一日前示後遺障害を残して症状が固定したが、同原告は、症状固定時の満四六歳から満六七歳までの二一年間就労可能であり、その間少くとも昭和五七年度の前記賃金センサスの女子労働者全年齢平均給与額(金二〇三万九七〇〇円)と同額の収入を挙げ得たところ、前記後遺障害の部位、程度等に照らし、その労働能力を一〇年間にわたつて五割程度喪失したものと推認するのが相当である。

そこで、右収入を基礎としてホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して同原告の逸失利益の症状固定時における現価を計算すると、金八一〇万二六〇六円(二〇三万九七〇〇円×〇・五×七・九四四九)となる。

7  慰藉料 合計金七〇〇万円

(一) 入、通院慰藉料分 金二〇〇万円

前記認定の原告志ず子の傷害の部位、程度、入、通院期間その他諸般の事情に照らし、原告志ず子が本件事故によつて被つた傷害に対する慰藉料は、金二〇〇万円をもつて相当と認める。

(二) 後遺障害慰藉料分 金五〇〇万円

前記認定の原告志ず子の後遺障害の内容、程度その他諸般の事情に照らし、同原告が本件事故によつて被つた後遺障害に対する慰藉料は、金五〇〇万円をもつて相当と認める。

8  合計

以上認定の原告志ず子の損害の合計額は、金一九三九万四四三五円となる。

四  原告志ず子の素因の寄与による減額

前掲乙第一五、第一六、第一八号証によると、原告志ず子は、昭和五六年五月一二日国立大田病院精神科で、本件事故の賠償交渉が円滑に運ばないことが心的葛藤となつている旨診断されていること、同原告は、前示のとおり、同年五月一六日同病院に入院しているが、入院前から夫と姑との不仲、夫の自分に対する暴力等のため、種々悩みを抱えていたところ、入院前日の夜、夫が交通事故を起こして負傷し、これが一因となつて精神的動揺を来たし、激しい頭痛に襲われて入院するに至つたこと、同原告は、同年八月三一日島根県立湖陵病院精神科において受診したが、外傷後神経症の疑いがあると診断されていること、同原告は、昭和五六年一〇月九日に国立大田病院に入院した際、看護婦に対し、夫と舅、姑との争いが絶えず、家庭内のいざこざのため悩みが多いが、相談する者がいないなどと訴えていることが認められる。右の事実に証人堀川嘉也、同鈴木健二の各証言及び鑑定の結果を総合すると、原告志ず子は、本件事故の賠償交渉の不首尾、病気の余後に対する不安、家庭内の不和等が心的葛藤となり、これによる心因反応か、同原告の前示頭痛、頸部痛その他の諸症状が反復、継続して発現し、持続化したことの一因をなしているものと認められ、これに反する証拠はない。そして、右のような事情は、少くともその一部は、被害者側の事情に属するものと評価すべきものであるから、これに基づく損害の増大を加害者側に全部負担させることは、損害を公平に分担させるという損害賠償法理の根本理念からみて、適当でなく、被害者側の右のような事情を過失相殺の法理の類推適用により、損害賠償額の減額事由として斟酌すべきところ、諸般の事情を総合考慮し、原告志ず子の全損害額の三割を減額するのが相当であるから、右減額後の損害は、金一三五七万六一〇四円となる。

五  過失相殺

成立に争いのない甲第一、第八、第九、第一一、第一三、第一五号証、原告志ず子本人尋問の結果により本件事故現場を撮影した写真と認められる甲第一八号証の二ないし九、原告志ず子、同美雪及び被告各本人尋問の結果を総合すると、本件事故現場は、邑智町方面から大田町方面に至る山間部の国道上であり、大田町方面に向つて進行すると、道路は、事故現場で大きく右にカーブし、道路右側は、山が迫り、左側は、谷となつており、邑智町、大田町のいずれの方面に向つて進行しても、前方の見通しは不良であること、道路は、アスフアルト舗装され、幅員は、五・七メートルないし六・二メートルで、センターラインの表示はなく、大田町方面に向つて道路左端から八〇センチメートル、道路右端から五〇センチメートルの各位置に外側線が引かれており、カーブの頂点付近にカーブミラーが、カーブの各手前に警笛鳴らせの道路標識がそれぞれ設置されていたこと、事故当時は、雨天で、路面は、湿潤していたこと、被告は、加害車両を運転して大田町方面から邑智町方面に向つて道路左側を時速三五キロメートルで進行中、前記カーブに差し掛かつたが、カーブミラーをべつ見したのみで、対向車はないものと軽信し、警音器を鳴らすことなく、減速徐行もしないで、慢然、前記速度のまま進行し、前方二三・五メートルの地点に被害車両が対向進行して来るのを発見し、ハンドルを左に切るとともにブレーキを掛けたが、間に合わず、カーブを大回りし、道路中央より約七〇センチメートル右側にはみ出した地点で、加害車両の右前部を被害車両の右前部に衝突させ、被害車両を約五〇センチメートル押し戻して停止したこと、他方、原告志ず子は、被害車両を運転して邑智町方面から大田町方面に向つて道路左側部分を時速約四〇キロメートルで進行中、前記カーブに差し掛かり、警音器を二回鳴らしてカーブに接近し、カーブミラーで加害車両が対向進行して来るのを発見したが、安全に離合できるものと考え、時速約三〇キロメートルに減速したのみで、進行したところ、加害車両がカーブを大回り気味に進行して来るのを発見して衝突の危険を感じ、ブレーキを掛けたが、間に合わず、前記のとおり衝突したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件事故現場は、幅員が狭く、見通しの悪いカーブであるから、予め減速徐行して警音器を鳴らし、道路の左側に寄つて安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、被告は、これを怠り、本件事故現場を走行するに際し、前方の安全を十分確認しないまま、警音器を鳴らすことなく、減速徐行もしないで、道路右側部分にはみ出して進行しているのであつて、右過失が本件事故発生の主な原因をなしているか、他方、原告志ず子も、減速徐行しないで進行した過失があり、これが本件事故発生の一因をなしているものと認めるのが相当である。

そこで、被告の損害賠償額の算定に当たつては、同原告の右過失を斟酌するべく、双方の過失の内容、程度等を総合考慮して、前記損害の二割五分を更に減額するのが相当である。

よつて、原告志ず子の損害は、金一〇一八万二〇七八円となる。

六  損害の填補

原告志ず子が自賠責保険から金六四二万円の支払を受けたことは、当事者間に争いがないから、これを控除すると、残額は、金三七六万二〇七八円となる。

七  弁護士費用

以上によれば、原告志ず子は、被告に対し本件事故による損害賠償として金三七六万二〇七八円の支払を求めうるところ、弁論の全趣旨によれば、被告が任意の支払に応じないので、同原告は、本件訴訟の提起と追行を弁護士である同原告訴訟代理人に委任し、報酬等の費用の支払を約したことが認められる。しかして、本件事案の難易、審理の経過、前記認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、金三五万円をもつて相当と認める。

第三原告美雪の損害について

一  傷害について

成立に争いのない甲第一〇、第五六ないし第五八、第六〇、第六一号証、乙第二、第三号証、原告美雪本人尋問の結果を総合すると、原告美雪は、本件事故により、頭部打撲傷、顔面裂創、右上、下眼瞼挫傷、右下眼瞼欠損、頸部捻挫、左下腿打撲傷の傷害を負つた事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  治療経過について

右各証拠、成立に争いのない甲第五九号証、乙第五号証によると、原告美雪は、前記傷害により事故当日の昭和五五年一月六日から同年二月一八日まで国立大田病院に入院(入院期間四四日)し、右前頭部の縫合処置を受け、入院中、頭痛、項部痛、吐気、嘔吐等の症状があつたが、神経学的には、異常はなく、治療を受けた結果、症状が軽快し、退院したこと、右入院中、同原告は、古瀬眼科医院に五日通院し、前記眼瞼の負傷につき眼科的縫合手術を受け、更に松江赤十字病院に一回通院し、頭部のCT検査を受けたが、異常は認められなかつたこと、同原告は、退院後も頭痛、項部痛等が持続し、昭和五七年二月二三日まで国立大田病院に通院(通院期間七三六日、通院実日数三〇日)して治療を受け、同日、治ゆしたものと診断されたことが認められ、これに反する証拠はない。

三  後遺障害について

原告美雪は、等級表第一二級一四号に該当する顔面の創瘢痕及び同第一四級一〇号に該当する大後頭神経圧痛、頸部痛、頸性頭痛の後遺障害が残つた旨主張するので、検討するに、原告美雪は、本件尋問において、右眉上に傷跡が残り、右眼のまつげが逆さまつげになり、二重まぶたが三重まぶたとなつており、顔の傷が気になる旨供述しているが、同原告の顔面を撮影した写真であることに争いがない甲第七八号証、証人堀川嘉也の証言によれば、同原告の顔面の傷跡は、小さなもので、人目につく程度のものではないことが認められるのであつて、等級表第一二級一四号にいう「外貌の醜状」に該当すると認めるのは困難である。また、頭痛、頸部痛等の神経症状については、同原告は、前認定のとおり、国立大田病院において入、通院治療を受けた結果、昭和五七年二月二三日治ゆしたものと診断されているのであつて、同原告は、本人尋問において、長時間読書をして下を向いていたりすると気分が悪くなることがあると供述しているが、右の程度の症状をもつて、等級表第一四級一〇号にいう局部の神経症状に該当するものとは認められないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

したがつて、等級表に該当する後遺障害が存する旨の同原告の主張は採用できない。

四  損害額について

1  治療費 金一六万九二一六円

成立に争いのない甲第六二、第六三、第六六ないし第六八、第七〇ないし第七四号証を総合すると、原告美雪は、国立大田病院の昭和五五年一月六日から同年一〇月三一日までの治療費として合計金一四万一四八四円、頸椎装具代として金五四五〇円、古瀬眼科医院の治療費として金一万二二三五円、松江赤十字病院の検査料として金一万〇〇四七円を各支払つた事実が認められる。同原告が右金額を超える治療費を要したことを認めるに足りる証拠はない。

よつて、原告美雪は、治療費として合計金一六万九二一六円の損害を被つたものと認められる。

2  入院雑費 金三万五二〇〇円

原告美雪は、前記入院期間(四四日)中、一日当たり金八〇〇円を下らない雑費を要したものと推認することができ、右推認を覆すに足りる証拠はないから、同原告は、入院雑費として合計金三万五二〇〇円の損害を被つたものと認められる。

3  付添費

前掲甲第五七号証によれば、原告美雪は、前記入院中、付添看護は受けていないことが認められるから、付添費についての損害は認容しない。

4  通院交通費 金二万五二二〇円

前示二の事実及び成立に争いのない甲第七五号証によると、原告美雪は、自宅から国立大田病院に合計三〇回、同病院に入院中、松江赤十字病院に一回各通院したが、国立大田病院へのバス往復運賃は、金八〇〇円であり、松江赤十字病院への列車往復運賃は、金一二二〇円と認められるので、同原告は、通院交通費として合計金二万五二二〇円の損害を被つたものというべきである。

5  後遺障書による逸失利益

前記認定に照らし、原告美雪には、労働能力の減退をもたらすような後遺障害は認められないので、これによる逸失利益についての損害は認容しない。

6  慰藉料 金一〇〇万円

原告美雪の傷害の部位、程度、入、通院期間、顔面の傷跡、その他諸般の事情に照らし、同原告が本件事故によつて被つた精神的損害に対する慰藉料は、金一〇〇万円をもつて相当と認める。

7  合計

以上認定の原告美雪の損害の合計は、金一二二万九六三六円となる。

五  過失相殺

原告美雪は、被害車両に同乗中に本件事故に遭つたものであり、本件事故の発生については、被害車両の運転者である原告志ず子にも過失があつたことは、前認定のとおりである。しかして、原告志ず子、同美雪各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告美雪は、原告志ず子の娘であり、当時、高校一年生で、同原告と同居し、その扶養を受けていたことが認められるので、原告志ず子は、原告美雪と身分上、生活関係上一体をなすとみられるような関係にあるものというべきである。したがつて、原告美雪に対する損害賠償額の算定に当たつては、原告志ず子の前記過失を被害者側の過失として斟酌するべく、前記損害の二割五分を減額するのが相当である。

よつて、原告美雪の損害は、金九二万二二二七円となる。

六  損害の填補

原告美雪が自賠責保険から金五八万四八一七円の限度で支払を受けたことは、当事者間に争いがないから、これを控除すると、残額は、金三三万七四一〇円となる。

被告は、原告美雪が同保険から支払を受けた額は、金六二万二〇三四円であると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

七  弁護士費用

以上によれば、原告美雪は、被告に対し本件事故による損害賠償として金三三万七四一〇円の支払を求めうるところ、弁論の全趣旨によれば、被告が任意の支払に応じないので、同原告は、本件訴訟の提起と追行を弁護士である同原告訴訟代理人に委任し、報酬等の費用の支払を約束したことが認められる。しかして、本件事案の難易、審理の経過、前記認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、金三万円をもつて相当と認める。

第四結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告志ず子が金四一一万二〇七八円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五五年一月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告美雪が金三六万七四一〇円及びこれに対する前同日から支払済みまで右年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は、いずれも理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高升五十雄 重富朗 平弘行)

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